いつかの私だったあなたへ

あまりに個人的すぎて、下痢のような文章を垂れ流します。

サルトルは読んでない

 

 

 

1月。一昨年になった胃腸炎が再発しないか不安になりながら年末年始を過ごした。

忘れもしない、あれは1月5日、彼女(今の妻)との交際5ヶ月記念日だった。イルミネーションを見に行き、そこで彼女に内緒で買ったペアリングをプレゼントした。彼女は涙ぐんで喜んでくれた。完璧だ、完璧な1日を彼女に演出できた、と私は心の中でガッツポーズをした。最高にロマンチックな雰囲気で駐車場に戻ると、胃のあたりにすこし違和感を覚えた。彼女の家へ向かう車中、和やかなムードとは裏腹に胃のあたりの違和感はだんだん気持ち悪さに変わっていき、不穏な空気が私の胃だけで起こっていた。彼女は微笑みながら指にはめた指輪をいじったり、指輪を買った経緯を語る私の話を楽しそうに聞いていた。この気持ち悪さは、きっと寝ていないせいだろう。この日まで友人の家に入り浸り、昼夜逆転していた私にとって、朝からのデートは身にこたえた。寝ればこの気持ち悪さも治る。そう言い聞かせて、自分を励ましたけれど、途中どうにも我慢できなくなり、

「なんか気持ち悪い」

と彼女に告げた。「え?大丈夫?」そう言って心配そうに見つめる彼女の表情に罪悪感を感じながらも、気持ち悪さを伝えたことで健康な自分を偽らなくていい安堵感と余裕が生まれ、ほっとした。しかし気持ち悪さはなくならない。

「コンビニでちょっと寝ていくわ。そしたら治ると思う」

家の前で彼女を降ろし、私はそのまま近くのコンビニの駐車場に車をとめ、座席を倒し寝る態勢に入った。しかし眠気よりも気持ち悪さが先行してなかなか眠ることができない。気持ち悪さは次第に嘔吐感を連れてきて、はやく吐け、はやく吐け、とせっついてくる。もう限界だ。コンビニのトイレに行って吐こう。トイレまでの道のりを思い浮かべ、最短距離で小走りに向かう自分を何度もイメージした。予習はバッチリだ。よし、なんとか行ける。覚悟を決め、運転席のドアを開けて外に出たとき、道の向こうから走ってくる彼女が目に入った。

「なんでぇ?」

予期せぬ出来事に、人生で1、2位を争う間抜けな声がでた。

その瞬間、車内で練りに練った緊張感は一気に解け、口から数時間前に食べたものが蛇口をひねったみたいに噴き出した。吐く態勢になっていなかったせいか、吐瀉物は鼻に侵入し、不快な臭いが鼻の奥に充満した。その臭いでさらに吐いた。彼女は私に駆け寄ると労わるように背中をさすってくれた。手には水筒と胃腸薬を持っていた。なんて優しい彼女だろう。そう思うと自分の情けなさと吐く苦しさで涙がでてきた。そしてまた吐く。背中をさすりつづける彼女。そして吐く。何度かこれを繰り返すと、ようやく喋れるくらいには気持ち悪さも治まってきた。

「あびばどう」

鼻がつまったまま私は感謝を述べて、彼女の持ってきてくれた水筒の水で口をすすいだあと、胃腸薬を飲み、気遣ってくれる彼女をまた家まで送ったあと、帰路についた。ベッドに倒れ込むと、また気持ち悪くなり、吐いた。もう吐くものが胃に残っておらず、苦い胃液だけがでた。ベッドでもがき苦しみながら、最高にロマンチックだったはずの1日が、最後の最後で台無しになったことを悔やみ、そして彼女の聖母のような優しさが身にしみてそして吐いた。

病院に行くと、陥没性胃腸延滞という診断を下された。そこからまたいろいろあって約1ヶ月間まともに食事を取れなくなるのだが、それはまた今度書こうかと思ったり思わなかったり。

 

 

 

 

 

 

望まれる太陽

 

12月。寒い。外にいると手足が岩のように硬まり、全身が震えはじめる。歯がカチカチ鳴り、肩が上下に細かく揺れる。なんでもない日常のなかでも身体は生きるためにささいな活動を行なっている。何十年と繰り返され馴れきったこの行為は、ふだん意識すらしないせいかどこか他人事のように思える。私は私の身体を制御しているつもりでも、身体は私の知らないところでひっそりと自律している。

 

 

暗い日々が続いている。精神的にではなく、太陽が顔を出す時間が少ない。朝、目覚めると草花の模様が描かれている黄緑色のカーテンがくすんでいる。外に出ても、太陽は雲に隠れている。会社に着く頃に陽射しが車の窓を照らして、ようやく1日がはじまったような気がする。社内では陽に当たる機会はほとんどない。現場の窓から斜めに差しこむ薄く濁った光の空間を、無数の埃がプランクトンのようにふわふわ漂っている。休憩では陽を浴びてまどろむ時間はなく、中途半端に暖まった身体は現場に降りれば急速に冷えていく。

太陽が顔をださない日もある。どんより曇った空の下、車を走らせ、駐車場から工場へと肌を刺す凍えた空気のなかを歩く。休憩室の窓からは、高架線や遠くに見えるビルの上まで一面雲に覆われた景色ばかり。仕事が終わり外に出ると、辺りはもう夜になっている。

そんな日々のなかで、少しだけ陽の光を拝めるときがたまにある。出勤するため外に出ると厚い雲の隙間から淡い光がこぼれ、朝の空気がやわらかく感じる。お昼になると雲はなくなり、窓からの景色は光で満たされる。冬特有の白く透き通った青空がまぶしい。私はいつか見た軒先で日向ぼっこをしていた猫のことを思う。仕事が終わればやはり辺りは夜になっているけれど、それをすんなりと受け入れることができた。

 

 

 

 

 

道化の素顔

 

 

11月。外でじっとしていると、冷たい空気が手足を通ってじわじわと体の奥へ浸透していく感じがする。まだ一瞬で体温を奪われる寒さにはほど遠いけど、それでもやっぱり寒いと感じる時間が長くなった。

家の小さな庭に生える雑草の伸びが遅くなり、金木犀の香りは数日しかもたなかった。金木犀の香りにはいろんな記憶が詰まっている。良い悪いでは区別できない、混沌とした感情を呼び覚まして、現実とはかけ離れた遠い地平線へ連れ去られる。一瞬の幻、けれどそれはたしかに現実だった。いつかの私が過ごした時間、誰かと交わした約束、退屈、木漏れ陽、なんとなく歩いた道、夜の街、港のさざ波、繋いだ手、川のせせらぎ、冷たい唇、たしかにそこにあった、すでになくなったものたち。通り過ぎたはずの景色と出会う一瞬の邂逅を金木犀の香りはもたらしてくれる。そして終わりには体の奥にずしんと重たいなにかを静かに残していく。そのなにかは年をかさねるごとに重たくなっている気がした。

 

 

 

「ジョーカー」を観てきた。嫁と、嫁の弟と妹の4人で。嫁の弟はこれが2回目で、また観たいからとついてきた。上映までまだじかんがあったので夜の街を歩いた。なにも食べてない嫁の弟と妹はマックで食事をした。ついでに私の分も注文した。ハンバーガーは遅い時間であればあるほどうまく感じる。

 

ホアキン・フェニックスの演技が素晴らしい。特に喫煙シーン。現代の風潮のせいなのか、タバコをかっこよく吸うシーンを最近の映画では見かけない。別にタバコをカッコよく吸わなきゃいけないわけじゃないけど、古典的なモチーフが時間を跳躍して現代に蘇ったような気がして興奮した。あと階段を踊りながら降りるシーン。あまりにも美しくて鳥肌がたった。

映画全体としてみると、個人的にはやはり「ダークナイト」のジョーカーを上回ることはなかった。というか、ダークナイトのジョーカーがすごすぎる。顔の傷のエピソードがコロコロ変わるところとか、入院しているハービー・デントとの会話とか。ダークナイトのジョーカーには、背景がない。社会的にどんな人間だったかもわからないし、悪事を働く動機もわからない。映画が進むごとに、わからないことが解消されるどころかどんどん肥大していく。しかも彼の語る言葉はどれも口からでまかせだ。ハービー・デントを悪の道へ走らせる説得もどこか相手に合わせた言葉を選び、本心は語っていない。実際、「俺が指示したわけじゃない」と嘘をついて相手を諭している。彼のする行動には真実がない。中身はからっぽだからこそ、なにものにも縛られず、社会的な悪を越えた邪悪さを彼は体現している。悪魔がいるとしたら、きっと彼のような存在なのだろう。

 

今回の「ジョーカー」は、ジョーカーがジョーカーになる誕生譚を描いている。映画のあらすじを書くのはめんどくさいので、ここでは省く。ひっかかったのは、バットマンの父親が主人公を殴ったシーン。やりすぎじゃないか?と違和感を覚えた。主人公の視点で物語が進んでいるのだから、理由はどうあれ観客には父親が悪く映ってしまう。これでは主人公側の社会=富裕層=悪という構図がますます強化され、主人公側に正義があるように見えてしまう。ダメだろ。ジョーカーに正義があるように映っちゃダメだろ。これでは単純な勧善懲悪となんら変わりがない。あのシーンは父親がただ去っていくとか、肩か背中をぽんと叩いて去っていくとかで良かったはずだ。殴るって。暴力って。そんな血の気の多いヤツだったら家族守るために拳銃持ってる奴にも殴りかかるだろ。と私は観ながらそう思った。過去作のパラレルな世界とすれば理由はつくけど、それでもやっぱり、単体の映画として観てもどうにも腑に落ちない。主人公は「僕の行動にはイデオロギーはない」と何度も言う。けれど、映画にはイデオロギーが蔓延しているようにみえる。ジョーカーを素材としてだけ扱い、現状の社会に対する不満や憤りだけが、画面に映し出されているようにみえてしまう。

 

 

 

帰りの車中、嫁が「おもしろかったね」と言っていたので、それならそれでいいかとも思った。

 

 

 

 

 

 

カロを目指して(掌編)

ここでは雲が地面に浮いている。標高2,000mにたどり着いたとき、ひたすら茶色い斜面を登ることだけを考え、歩いていた僕らは自然と足を止めた。積層雲だ。アキラは寝ぼけながら僕らの足元から空のずっと向こうまで広がっている雲を力なく指さしてむにゃむにゃそう言った。たぶんそう言った。気圧の変化で耳鳴りがして音がくぐもって聞こえる。意識してゆっくり唾を飲み込むと、耳の穴が広がったような感じがした。「ただの水蒸気のかたまりなのに」サトシはぼんやりと呟いた。そのあとに続く言葉をサトシは言おうとしなかった。アキラは首をだらんと垂らしてまた寝始めた。雲はすきとおった風をのみこみながら、龍の背びれみたいにゆっくりと厳かにうごめている。しばらくして僕らはまた歩きだした。山道のそばでまっさらな陽射しにさらされ、まぶしく光る小さな黄色い花が咲いていた。登ってきた道にも同じ花が咲いていただろうかと思ったけれど、どうしても思い出せなかった。この道を通ることはもうないのに。僕は急に損をした気分になった。

サトシが車がほしいと言いだしたので、僕らは山に登ることになった。僕らの地元ではわりと有名だけど、電車で1時間ほどで着く無人駅のそばに轟山という高い山がある。その山頂付近には車が放置されていて、なかには鍵がさしたままのものもあるらしい。友達の友達が轟山に登って車を取ってきたと、サトシは言った。どうやってあの山を車で降りてきたんだ?救助隊を呼んで、ヘリで車ごと運んでもらったんだと。サトシはなんだか遠い目をしていた。ねえ、悔しくない?そんな馬鹿な真似をしたやつが俺たちじゃないって。

もうすぐ山頂に着きそうなのに、アキラはまだ寝ながら歩いている。グァーゴゴゴと、ときどきイビキが後ろから聞こえてくる。無理もない。数時間前まで、僕らは居酒屋で飲んでいたのだから。しかも、明日は仕事だ。明日は仕事というだけで、一歩踏みはずせば命の危険にだってなりかねない状況で寝てしまうのには充分な理由だろう。

車が山頂に放置されている。そんな噂を信じられるほど、僕らはもう子供ではない。けれど久しぶりに再会した友人の無茶な提案を笑って聞き流せるほど、僕らは大人ではなかった。それに少し酔ってもいた。いや、少しではなく、かなりかもしれない。

急いで家からかき集めた登山道具一式は、押入れにしまったときそのままの状態で見つかった。高校を卒業して以来手に取ると、いろんな記憶が蘇り懐かしく、どれも腐ったチーズみたいに臭かった。

山頂に着いたとき、サトシが短い奇声を上げ、足を止めた。サトシの背中越しからのぞいた先には、小学校のグラウンドくらいある土地に、きれいに整列した車が何十台と並んでいた。サトシはリュックを投げ捨て、走り出した。僕はアキラを起こそうと揺すってみたけれど、一瞬を目を見開いて「すごいな」とつぶやいて、また寝てしまった。車はどれも、見たことのないフォルムをしていた。タイヤが星型の車、透明で見えない車、水みたいに表面が波打っている車、犬の匂いのする車。宝石みたいに輝くボディをそっと撫で、なかをのぞいたサトシは「鍵がある」と言った。

「ほしいのか」見知らぬ声がして振り向くと、背の高い老人が眉間にシワを寄せて立っていた。

「お前ら、車ほしいのか」突然の闖入者に驚いて、サトシは小さく「はい」と答えて頷いた。すると老人は車の性能や使用方法を淡々と説明してくれた。説明はどれも車とは無関係に聞こえた。こいつは8時間以上日光にさらさないとダメだとか、こいつは緑色のセーターを着た女の子が好きだ、とか。唯一わかったのは、ある手順を踏むと空を飛べるということだった。実際に老人は実演してみせてくれた。

「ついてきな」

老人のあとについていくと、車の並ぶその奥に簡素な山小屋があり、そばには高山に似つかわしくない大木が聳え立っていた。大木には無数の靴が引っかかっていた。

「お前ら、車がほしけりゃ靴をここから投げてあの木にぶら下げてみな。成功したら好きな車を一台やる。失敗したら車はやらん。ただし成功しようが失敗しようが靴はここに置いていってもらう。ここまで来た道を裸足で下山するのがどういうことか、お前らが1番わかっていることだと思うがな」老人は表情を変えずに言った。

大木までは30メートルほど。投げて届かない距離ではない。僕は助走をつけて投げた。紐で結んだ靴はたがいにぶつかりあいながらゆっくり弧を描いて大木の枝にぶつかったーーが、バサバサと音を立てて滑っていき、靴は地面に落ちてしまった。次にサトシの投げた靴は大木を逸れて山の斜面へ姿を消してしまった。最後にアキラの靴をふたりで外し、サトシがもう一度投げたけれど、今度は木の手前であえなく落下してしまった。

「失敗だな」老人は言った。

山小屋へ向かう老人の後ろ姿を見送っていると、サトシがアキラを起こしてくれと、なぜか小声で耳打ちしてきた。アキラを連れてくると、サトシは表面が水のように波打つ車の前に立っていた。そして黙ってそおっと後部座席のドアを開けてアキラを乗せると、僕に助手席へ乗るよう促した。

僕らの様子を見た老人がこっちへ向かってきていた。考える暇もなく僕はサトシとほぼ同時に車へ乗り込んだ。サトシがエンジンをかけ、さっき老人が説明していた手順で車を空中へ浮かび上がらせた。老人はもうすぐそこまで来ていたけれど、僕らのほうが一歩早かった。車は勢いよく飛び出し、顔を真っ赤にして斧を振り上げている老人の姿はどんどん小さくなっていく。サトシが窓を開けると冷たい風が車内にどおっと入ってきた。車は雲海の上を時速120キロで走っていく。雲の地平線は地球の果てまで続いていそうだった。後部座席で横になっていたアキラが起き上がり、あくびをした。

「ここは天国か?」

僕とサトシは笑った。車は厚い雲を抜け、やがて僕らの住む町が見えてきた。

あれ以来、どうやっても空を飛べないんだよ。高いところじゃないとダメなのかもしれないけど、失敗したらヤバイだろ?東京に戻ったサトシは相変わらずあの車に乗っている。

あの車を目にするたび、かわいそうなことをしたと、僕は顔を真っ赤にして斧を振り上げていた老人のことを思い出す。

 

ペルディードの時間【小説】

家だと思ったら公園だった。

「ねえ、まだ着かないの?」

ずっといじっているスマホから顔を上げて、助手席に座る娘がトゲのある声で訊ねた。

彼は曖昧な笑顔でごまかして「たしかこのへんだったはず…」とひとりごとのようにつぶやいた。

せまいこの道を曲がった先には、公園ではなく友人の家があるはずだった。うちに来いよ。14年ぶりに電話で話した友人はそう言った。俺の家わかるだろ?昔と変わってないからさ、暇なら来いよ。そうだ、おまえのこどもも今年で17だろ?俺の娘とよく遊んでたよな。どうせなら家族みんな連れてこいよ。晩飯はうちで出前とかとって豪華にやってやるから。

オレンジがかった西陽が照らすなかを、彼と娘の乗る白い車は、自転車が数台とまっているだけの誰もいない公園の前を通過し、次第にスピードをあげていった。二車線の広い道にでると、両側には民家やコンビニが点在するだけで、あとは赤土の畑とビニールハウスが交互に並んでいた。

「ここ、さっきも通った」と娘がそっけなく言った。

「そうか?」

「この景色、さっきも見た」

「このへんは同じような景色しかないから、勘違いじゃないか?」娘の言うとおりだったが、道に迷っていることを悟られたくない彼はなんとかごまかそうとした。

「同じ道だよ。わたし、記憶力いいから」娘はまっすぐ前を見つめながら言った。

西陽のまぶしさに目を細めながら、彼は流れていく景色を眺めた。彼は昔、この道を何度も通っていたし、この町のこともよく知っているつもりだった。ところがいざ十数年ぶりに来てみると、あるべきものがなかったり、ないはずのものがあったりと、そういう光景に出くわすたびに、最初に抱いていたこの町への懐かしさや親しみがどんどん薄れていくのを感じた。

「エリはもう覚えてないだろうなあ」彼はまたスマホをいじっている娘に話しかけた。

「今から行く家に、エリと同い年の女の子がいるんだけど、昔エリが3歳のときによく一緒に遊んでた子なんだよ。ふたりでいつもボールの取り合いっこしてたよなあ。人形とかじゃなくて、このくらいの」と、彼は左手の親指と人差し指の先をくっつけて円をつくった。「小さな、なかにスパンコールみたいなのが入ってて、弾ませたりするとなかでキラキラ光って揺れるのがふたりとも気に入ったんだろうな。ふたりとも自分のだって譲らなくて。あるときエリがそのボールを口のなかにいれちゃってさ。それを見たお母さんがすごい剣幕で『だしなさい!』って怒ったら、びっくりしたのかまんまるな目をして…」

「覚えてるよ。のみこんじゃったんでしょ」娘はスマホを見ながら言った。「そのあと、わたしが大泣きして、大人が4人がかりでわたしからボールを吐き出させたことも、マイちゃんがそのボールをわたしにくれたことも」と、娘はおもむろに窓の外に目を向けた。「お母さんが帰りの車のなかで、驚かせちゃってごめんね。エリはのみこむつもりなんてなかったのにね。でも、もうあんなことしないでねって謝ってくれたことも、あの日のことはけっこう覚えてる。でも、お父さんのことはあんまり記憶にないんだよね」彼は娘のほうをちらっと目をやったが、窓に反射するぼんやりしとした顔しか見えなかった。

「たぶんお父さんは、今のお父さんのイメージが強いから。更新されていくからなんだろうね。今もずっと一緒にいるからお父さんとの過去はどんどん過去になっていくけど、ほかの人たちは更新されていかないから、ずっと昔に過ごしたときの記憶を今もちゃんと思い出せるんだろうね」と、娘は彼をじっと睨んだ。「ていうか、そろそろお腹すいたんだけど」

「もうそろそろだから」

「カーナビ使えばいいじゃん」

「住所知らないんだよ」

「サイテー」

日はもうだいぶ傾き、遠い山並みの輪郭を赤くなぞりながらその背後へ沈もうとしていた。夜を匂わす東の空に向かって、カラスがゆっくりと飛んでいくなか、地上では外灯やヘッドライトの明かりが目立ちはじめていた。彼は見慣れた道へ差しかかり、徐行しながらハンドルを右にきった。そうだ。こっちへ曲がってあの建物の角を左に曲がってまたすぐに右折すれば、目の前がアイツの家だ。彼は記憶と今の景色を重ねあわせながら道を進んでいった。車は住宅街のせまい道に入り、赤いレンガ造りの家の前で左折し、またすぐに右折すると、路肩へ寄った車はゆっくりとまった。

彼の思っていたところには家はなく、あるのは公園だった。

「ごめん。お父さん迷ったみたいだ。絶対ここだと思ったんだけど、とりあえずおじさんに電話してみるよ」

「ううん。ここだよ」娘は公園を見ていた。

「え?」

「さっき思い出した。マイちゃんの家、たしかにここにあった」彼のほうを向いた娘の顔は、夜の闇に溶け込んでいくように青白くなり、唇はすこし震えていた。「ねえ、お父さん、わたしたちこれからどこに行こうとしてるの?」

彼は娘を抱き寄せて、友人に電話をかけた。呼び出し音が鳴りひびくなか、娘の手にある小さなボールが、窓から射しこむ外灯の明かりでキラキラと光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

アンナの結婚生活

 

 

 

 

9月になった。日中は相変わらず暑いけど、日が沈みはじめると重くよどんでいる湿気もなくなって、さらりとした静かな風が吹いている。夜の闇のなかにゆっくり染み込んでいくような、音もなく草の葉を揺らす風。

 

 

彼女が妻になって4カ月が経った。ふたりで生活していくなかでトルストイの小説を思い出す。

 

 

彼も独身だったころには、よく他人の結婚生活をながめながら、そのくだらない心配やら、いさかいやら、嫉妬やらを見ると、内心そっとさげすみの笑いを浮かべ、自分の未来の結婚生活には、そうしたことはいっさいありえないばかりか、その外面的な形式までが、あらゆる点において、他人の生活とはまったく違っていなければならないと確信していた。ところが、いざとなると、その期待に反して、彼と妻との生活は特別な形式をとらなかったばかりか、かえって以前あれほど軽蔑していた、取るに足らない、くだらないことで成り立ってしまったのである。

 

アンナ・カレーニナ

 

 

 

 

 

トルストイの小説に出てくる登場人物たちはみんな「普通」だ。社会規範にある程度溶け込めてはいるけど心や思想の一部分が相容れず、それが彼や彼女を悩ませ、ときに苦しめている。同じ時代に書いていていたドフトエフスキーの登場人物たちはぶっとびすぎて傍目で見ている分には興味深いけどお近づきにはなりたくない。ドストエフスキーはあまり読んだことないのでわからないけど、トルストイは感情や思考の持つ流動的なダイナミックさを明快で整然とした文体で捉えているところが好きだ。

 

 

 

 

「友達の奥さんが出てったんだよ」

と、美容師のお兄さんが僕の髪を切りながら言った。聞けば、お兄さんの友達は家がホテルのように清潔で綺麗じゃないと気が済まないらしく、会社から帰ってくると散らかった部屋を掃除をするのが日課だったのが、日を追うごとにその量が増えていくのがある時不満になって奥さんと喧嘩をし、「だったら私がいないほうが綺麗になるんじゃない?」と置き手紙を残して実家へ帰っていったという。

「4ヶ月の赤ちゃんがいるんだからしょうがないじゃんねえ」と、奥さんとも仲のいいお兄さんは奥さんを擁護した。「そうですよねえ」と僕も名前も顔も知らない奥さんに同情した。

このお兄さんは僕と同じ中学の出身で、しかも僕らが高校のころよく行っていたカラオケ店でアルバイトをしていた人で、それだけで勝手な親近感を僕は抱き、それ以来お兄さんを指名して髪を切ってもらっている。カラオケ店はもうだいぶ前に潰れてしまった。

「自分で綺麗にするのはいいと思うけど、片付けを毎回不満そうにやってたらしくて、それもダメだよねえ」

お兄さんは櫛で揃えた髪をつまんで毛先をハサミでシャキシャキ切っていく。

 

 

 

 

幸福な家庭はすべて似通ったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである。

 

 

アンナ・カレーニナ

 

 

 

 

アンナ・カレーニナの有名な冒頭であるこの文章は17回書き直されたらしいけど、この数は少ないほうなんじゃないかと僕は思う。

この書き方ではまるで結婚における幸福は1つしかないように思われて、あらゆる分野で多様性を認めようとする現代に生きる僕らからしたら、多少の反発を感じないわけではない。(一方で画一化を図ろうとする人たちもいるわけだけども)不幸の数だけ幸福の形があってもいいんじゃないか。そもそも幸福とはなんだろう?結婚における幸福とは?

新婚生活は人並みに順調な僕にとって、これから先、結婚生活が不幸になる要素はあるんだろうかと、すこし不安に思うときがないわけではない。

 

 

 

2月くらいの日記

 

 

暖かくなってきた。1月に味わった一日中肌を刺すような寒さも緩んで、朝と夜以外はほのぼのした陽気になってきた。

小春日和という言葉が好きだ。『春』という文字が入っているのに冬の季語なのがいいし、小春日和から連想される、暖かい光が溢れるなかで風のない日の雲のようにゆっくりと時間が流れている雰囲気がいい。

 

 

姉が妊娠した。

つわりがかなりひどい体質で、慢性的に吐き気がして食欲がなく、無理して食べてもすぐに吐いてしまうらしく、毎日点滴を打っていても状態はよくならないので1週間ほど入院した。もうすぐ4歳になる姪がまだお腹にいたときよりひどいと母は心配している。

姉がそんな状態なので、毎週末になると姪が家にやって来る。主に父と母が姪の面倒を見るけれど、ふたりが疲れているときは僕がその役をやったりしている、といいたいところだけど、僕は気が向いたら遊んであげる程度ですぐに疲れてしまい、あとはほとんど彼女がトイレに連れていったり、一緒に塗り絵をしたりと面倒をみてくれている。彼女には頭があがらない。自分にはもったいないくらいいい彼女だ。しっかりしなければと、彼女の姿を見ていると思う。

そもそも姉は子供をまた産む気はなかった。理由は知らないけど、今の状態を見ればなんとなくわかる。

産む気になったのは、父方の祖母の20周忌へ行ったときだと、姉は言っていた。

 

 

高速で3時間ほどかけて父の地元へ行った。昔は一度下道を通らなければいけなくてもっとかかったと母は言っていた。姉は小さい頃、友達に8時間かかると言ったらしいけど、そんなに長くはなかったと両親は笑っていた。子どもの時間は大人よりゆっくりと進む。することのない車内ではなおさらだ。姪も小さい頃の姉と同じように感じているのかと、ふと思った。高速を下りてそのままお寺へ向かった。姪を見るなり「姉にそっくりだねえ!」と叔父と叔母は驚いていた。「姉が小さくなって戻ってきみたい」叔母は目を見開いて姪を眺めていた。「お前もはやく結婚しなきゃな」と叔父は僕に親戚のおじさんそのままのことを言った。

葬儀が終わると次は墓地へ向かった。墓に水をかけるとき姉は隣の墓にかけてしまい、あわてて祖父母の眠るほうのお墓に水をかけた。きっとふたりは笑っているだろうと想像すると、僕はおかしく思い、そのあとすこし悲しくなった。

叔父の家へ行き、仏壇に線香をあげた。母や姉がリビングへ戻るなか、父だけが少しの間、遺影をじっと眺めていた。後ろ姿の父がどんな顔をしていたのか僕にはわからない。なんとなく見ないほうがいい、声をかけないほうがいいと、黙って父の背中を見ていた。

ピザやお寿司を食べながらみんなで雑談をした。話を聞きながら食べたピザやお寿司はどれも美味しくて、チェーン店でも地方によって味が違うのかと思うくらいだった。父と叔父はお互いを馬鹿にしあいながらも楽しそうに笑っていた。叔父の家を出るときに運転を父から僕には交代した。

旅館に着くと、早速温泉に入った。僕以外誰もいなかったのでゆっくり浸かれた。ロビーで彼女と電話をしたあと部屋に戻るといつのまにか寝ていた。起きるとすでに食事の準備ができていて、寝ぼけながら口に入れた牛肉のあまりの美味さに眠気が吹っ飛んだ。

夜は早めに就寝して、朝早く出発した。

長島スパーランドへ行き、僕はアウトレットへ、他のみんなはアンパンマンミュージアムへ向かった。

前日の父の運転があまりにも怖かったので、その日の運転は僕の役目だった。姪が乗っているというだけでハンドルを持つ手に力が入った。

無事に帰路につき、コタツに入りながらアンパンマンミュージアムで撮った写真を見せてもらうと、父がすごい変な顔で写っていて、それだけで30分くらいは笑っていた。父曰くそれは作り笑顔をしたらしい表情は、どう見てもすごく酸っぱい梅干しを食べている顔にしか見えなかった。「それ、新しい家に持ってけば?魔除けになるんじゃない?」僕がそう言うと姉はまた笑い転げていた。姪はコタツの周りをぐるぐる走り回っていた。

 

 

「なんであのときあんたたちを誘ったのか、今思うと不思議なのよねえ」

姉の妊娠がわかったとき、母がそう言った。

「いつもはお父さんとふたりで行ってたし、今回もそのつもりだったんだけど、いざ行くってなったとき、なんでかあんたたちも誘おうかなって思ったんだよねえ。お父さんも反対しなかったし。相談したらたぶん、別に俺たちだけでいいじゃねえか、って言われると思ったのに」

もうすぐ姉夫婦の家が完成する。そうしたらもう姪は家に来たがらなくなるかもねえ。とそれから母は心配そうに言った。