いつかの私というフィクション

あまりに個人的すぎて、下痢のような文章を垂れ流します。

水曜どうでしょうに関する新たな?仮説 前編

みなさんは、水曜どうでしょうを観たことはあるだろうか。
僕は大好きで、誇張ではなくれっきとした事実として毎日観ている。晩ごはんを食べるときは決まって水曜どうでしょうを流している。食物を咀嚼しながら同時に水曜どうでしょうも視覚を介して体内へ取り込んでいるわけだ。外食などをしたときには、夜、寝る前に子守唄かわりに流している。お金がないのでDVDは滅多に買えず、テレビでやったのを録画してそれをその日の気分によってどのシリーズを観るかを選択している。なので初めて観るシリーズなどとっくになくなっていて、同じものを何度も何度も繰り返し観ている。
そんな同じものを何度も観ていて飽きないのかと聞かれれば、正直、多少のまんねり感はあるものの、やはり1日1回は観ないと落ち着かない。
僕にとって水曜どうでしょうを観ることは単なる娯楽ではなくて、老人が健康のために朝する乾布摩擦のような日課でもあり、丸の内のOLが美容を保つために飲むビタミン剤のような補助栄養食品でもあり、つまりは他人からみればいくらでも代替可能でそんなことはしてもしなくてもどっちでもいいものかもしれなくても、じぶんには欠かすことのできない唯一無二の大切な存在なのだ。そういうものは誰にだってあるはずだ。たぶん。
それに、何十回も観ていくうちに、2、3回観ただけでは気がつかない新たな違う側面も見えてくる。
今回は、そんなふうにして気がついた、というか、もしかしたらそうなのかもしれないという仮説を書いていきたいと思う。


そもそも水曜どうでしょうとは一体なんなのか?


簡単に説明すると、1996年10月9日に放送を開始した北海道発のローカルテレビ番組である。
出演者は大泉洋(大泉さん)、鈴井貴之(ミスター)のふたりで、ディレクターの藤村忠寿(藤やん)が声だけで番組の進行役をつとめ、同じくディレクターの嬉野雅道(うれしー)がカメラを回している。
水曜どうでしょうはほぼこの4人で制作されている。
一応、形式上は旅番組扱いになっているけれど、一般的な旅番組のように赴いた先々の土地の景色や観光地や名物が紹介されるのは稀で、内容は移動中に交わされる4人の会話がほとんどを占めている。どちらかといえばある目的に向かって頑張るがためにハプニングを引き起こしたり災難に遭ったりして参っている4人の姿がこの番組のウリであり、ほとんどの視聴者が求めているものもそこにある。
なによりも有名なのが「サイコロの旅」シリーズだろう。
サイコロを振り、出た目によって行く目的地が決まるという、水曜どうでしょうが最も誇る名物企画だ。
1~6までの数字に藤やんがそれぞれ、物理的にも資金的にも移動可能な範囲の地名を割り当て、大泉さんかミスターのどちらかがサイコロを振り、その出た数字に割り当てられた場所に向かう。目的地に着いたら、すぐにまた藤やんがそれぞれの数字に移動可能な地名を割り当て、また大泉さんかミスターのどちらかがサイコロを振り、その出た目に割り当てられた場所に向かうという、いたってシンプルなルールのもとで番組は進行していく。
ゴールは北海道なのだが、これがなかなかたどり着けない。数字の半分が北海道の目であっても、運の悪いふたりは正反対の九州へいく目をだしてしまったりする。特にミスターは「ダメ人間」と称されるほど悪い目をだす。大泉さんが北海道へ近づく目を地道にだしても、ミスターはその努力を1発で帳消しにする九州へ向かう目をだす。藤やんが冗談半分で割り当てた、最悪の目を出してしまうのだ。そして4人は苦しみながら、あるいはぼやきながら、あるいはうなされながら移動する。そこが面白い。
彼らはどんな苦難も笑いに変えるために奮闘する。どんなに苦しくても、どんなに頑張っていようとも、こういう企画ものにありがちな、やすっぽいドラマチックな感動へは傾かない。視聴者を安易に泣かせようなんてこれっぽちも考えない。歯をくいしばってすべてを笑いに変える。自分たちをあえてカッコ悪く撮る。それが水曜どうでしょうの特徴であり美点でもある。これがエンターテイメントだ!と言われている気がするのは僕だけだろうか。しかしこんな芸当ができるのは、あの4人それぞれの面白さがあってこそ、初めて成り立つ奇跡のようなものだとも思うのだけれど。




あと、水曜どうでしょうのもうひとつの特徴として知られているのは、「やらせ」がないことだろう。
「サイコロの旅」にしても、サイコロを振って出た目の目的地には、番組の流れ関係なしにかならず向かう。振り直しなどありえない。その目的地がどんなに地味な土地だろうが、あまり盛り上がらなそうな移動方法であろうが、たとえタイムアップまでにゴールできない目がでようが、サイコロを振り出た以上は必ず向かう。中途半端に番組が終わろうが、お構いなしなのだ。それはどのシリーズにも通じる理念でもある。まさにガチンコだ。ガチンコファイトクラブよりもガチンコなのだ。
たとえ「やらせ」に近い行為をしたとしても、それは視聴者に分かるように示される。わたしたちはいま「やらせ」をしています、といった具合に。それはもうすでに「やらせ」ではなくて、彼らのダメっぷりをわざと暴露しているに過ぎない。それが面白くて、そこに視聴者はある種の安心感を得る。この4人は自分たちの醜態を包み隠さず晒してくれていると。他のテレビ番組とは違い、作られた笑いではなく、正真正銘、台本なしの笑いを提供してくれているのだと。


いや、果たしてそれは本当だろうか?
本当に彼らは、僕ら視聴者になにも包み隠さず、すべてをさらけだしてくれているのだろうか?
彼らのもたらす笑いが作られたものではないという意見には、僕もほぼ賛成だが、彼らが包み隠さず、彼らのすべてをさらけ出しているという点、ここに僕は異を唱えたいと思う。
今までのシリーズで、本当に「やらせ」はなかったのだろうか?




「北海道212市町村 カントリーサインの旅」を観たことはあるだろうか。
これは、「北海道の番組なのに、北海道での企画がなさすぎる」という名目で行われた、水曜どうでしょうの歴史のなかでも、比較的古い年代にはいるシリーズのひとつだ。
企画のルールは「サイコロの旅」とほとんど変わらない。
ただ行き先を決めるのはサイコロではなく、カントリーサインで決める。
カントリーサインとは、各市町村がそれぞれの特色を絵で表したものだ。たとえば、札幌市ならこんな感じ。


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こういうものが北海道212市町村すべての境に看板として道のそばに設置されている。
これを印刷してつくったカードをランダムに引き、引いたカードに描かれたカントリーサインを実際に行ってぜんぶ見てくるという、サイコロの旅同様、いたってシンプルなルールだった。


しかしこれ、冷静に考えてみると、とんでもないルールなのだ。



*ここからはネタバレになるのでご了承ください。(YouTubeに番組があがっていたのでリンクを貼ろうと思ったけれど、なんか危ない気がしたのでやめました)



第1夜、4人は札幌市からレンタカーに乗って出発する。
引いたカードは夕張市カントリーサイン
夕張に向かう車中、4人のトークは番組が始まったばかりとあって意気揚々と弾んでいた。
運転手である大泉さんもこの日に合わせて体調を整えているとあり、この企画に対してぼやきながらもなんだかんだ元気だった。夕張には1時間ほどで到着した。道の脇にカントリーサインを発見。時刻は夜中の0時40分。着いて早速カードを引くと、次は幌加内町。夕張からは2時間ほどで到着する町だった。

第2夜、幌加内町には3時半ころに到着した。このときすでに4人は若干眠たげだった。しかしここは数々の苦難を乗り越えてきたどうでしょう班、そんな素振りはおくびにもださず(いやちょっとでてるかも)、まだ元気にトークをしていた。
次に引いたのは雨竜町幌加内町とはかなり近いところにあり、喜ぶどうでしょう班。トークは徹夜したときになるあの変なテンションで交わされていた。
このとき、雨竜町に向かう車中で、藤やんはある提案をした。


「次、鈴井さんにカードを引いてもらうってのはどうでしょう?」


ここで注意してほしいのは、藤やんはこの水曜どうでしょうのディレクターということだ。ただ馬鹿みたいに大声で笑っているだけではなく、常に番組の流れを考えている人間だということ。
これはあくまで僕の憶測だが、藤やんはこのままだと番組的に盛り上がらないと判断したのだと思う。国道275号線を行ったり来たりしているだけで、どうでしょうの持ち味である「無茶ぶり」、サイコロの旅でいう「九州の目」がまだでていないのだ。しかも今のところほとんど、というかぜんぶが車中でのトーク。これでは番組の流れがだらっとしてしまう。いくら大泉さんのトークが面白いとはいえ、限界がある。
そこで、今まで大泉さんが引いていたカントリーサインを、「ダメ人間」であるミスターに引かせて、遠ければやっぱりミスターだな!となり、近ければミスターなのにすごいじゃん!となることで、どっちに転んでも多少の盛り上がりは見込めるし、カードを引くときの緊張感も生まれる。そう考えたのだと思う。
そして、雨竜町でミスターが引いたカードは、名寄市幌加内町の隣にあり、これまた微妙な距離に位置するところだった。約2時間半で着いてしまうし、近い距離といえるほどでもない。藤やんの目論みは不発に終わった。
幌加内町をもういちど通り、名寄市に着いたのが朝の6時10分。カントリーサイン前で、大泉さんの目はほとんど開いておらず、呂律もまわっていない。藤やんの声もどこかおかしい。ミスターの機嫌もすこし悪い。
カントリーサインを引くのは今回もミスターが務めた。引いたのは、緑の大きな木が描かれたカントリーサイン豊頃町
4人は地図上で豊頃町を探すけれど、なかなか見つからない。そして、発見したと同時に、「あぁっ!!」と、4人から驚きの悲鳴があがる。
この町は名寄市から直線距離にしても、400㌔以上も離れたところに位置していた。
ここで、第2夜が終わる。


第1夜、2夜と、ここまではいたって普通の水曜どうでしょうだ。ここで覚えていてほしいのは、4人はほとんど寝ていないということだ。番組が始まってまだ一夜しか明けていないが、眠らずにいるというのは一夜だけでもキツイ。その証拠に、名寄市に着いた4人の雰囲気から伝わってくるのは「寝たい」という3文字のみ。まあ、これもこれでいつもの水曜どうでしょうだ。
しかし、第3夜に入ってすこしすると、4人のあいだに不穏な空気が漂いはじめる。



(後編へつづく)