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シニシズムの定休日

あまりに個人的すぎて、下痢のような文章を垂れ流します。

水曜どうでしょうに関する新たな?仮説 後編


第3夜、大泉さんがお決まりの台詞「ダメ人間!」でミスターを罵倒してから、豊頃町へと出発する。
次のカットで、運転は大泉さんからミスターにかわった。
車に乗り込んで出発するまでのこの間、4人にどんな話し合いがあったのか、もちろん僕にはわからない。だからこれもやはり憶測になるが、藤やんとミスターのあいだでこの企画に対する意向に齟齬が生じたのではないだろうか。


ここで一度、カントリーサインの旅の「企画の目的」の在り方について整理しよう。


「企画の目的」というのは、サイコロの旅でいえば「北海道の目をだす」ことで、つまり四人が向かわなければいけない、やり遂げなければいけないものを指す。
水曜どうでしょう全体で考えると、「企画の目的」は大体ふたつの種類に分けられる。

ひとつは「運」もの。四人の意志に関係なく、ただ運命だけに左右される企画。(サイコロの旅、韓国食い道楽の旅、オーロラの旅、釣りバカなど)

もうひとつは「努力」もの。四人の頑張りが目的達成に大きく関わる企画。(オーストラリア縦断の旅、ヨーロッパ21ヶ国制覇の旅、アメリカ横断、ベトナム縦断など)

つまり企画のタイプは、目的を達成するために必要な最大の要因、「運」と「努力」で分けることができる。
サイコロの旅で四人は度重なる移動の苦しさに耐え忍ぶけれど、その努力は北海道の目をだすこととは無関係だ。ベトナム縦断では数々の災難に見舞われてどうでしょう班の運のなさを見せつけれてくれるが、最終的には四人の(この場合はミスターと大泉さんだが)ゴールへ向かおうとする努力が企画の目的達成を導いている。

では、カントリーサインの旅はどちらに分けられるのか。

まず、企画の目的としては、「北海道内のカントリーサインをすべて見てまわる」という主旨からしても、「努力」ものに入るだろう。「ヨーロッパの国をすべてまわる」というヨーロッパ21ヶ国制覇の旅とほぼ同じ目的を持っている。ひとつの場所を目指すのではなく、道内をすべて回るというからには、彼らの努力なしには目的達成は考えられない。

だが、ここでルールをあらためて確認してみよう。「カントリーサインが印刷されたカードをランダムに引いて、その引いたカントリーサインを見に行く」。このルールはサイコロの旅のルールとほぼ同じだ。つまり「運」を必要とする企画とルールが同じなのだ。道内をすべてまわらなければいけないのに、行き先は運が決める。これがなにを意味するのか。
それはカントリーサインの旅が、目的を達成するためには「運」と「努力」が両方なければいけない、世にも恐ろしい複合型の企画なのだということだ(!!)
ヨーロッパの旅のように虱潰しにまわることができず、気まぐれで残酷な「運」が行き先を左右するなかで、道内をすべてまわる「努力」をしなければならない。
しかも移動はレンタカー。運転しないですむ深夜バスのほうがまだいくらかマシだろう。しかもヨーロッパやオーストラリアとは違い、窓から見える景色は道民には見なれた地味な画ばかり。どの企画よりも辛いにも関わらず、番組として大した盛りあがりがない。ハイリスクローリターン。地獄だ。思ってたよりも地獄だ。四人の誰もがそう思っただろう。


そこで、藤やんとしてはこの企画、北海道の212市町村をすべてまわるという当初の目的にある程度の見切りをつけて、(というかもともとそのつもりだったのだろうが)豊頃町へ向かう途中にある先々で有名なものなり場所なりをふたりに紹介させて回る方向にシフトしようとしていた。
全シリーズを通じて、藤やんは目的達成が困難だと分かると、こういう手段をとる傾向にある。
それはつまり、企画の目的はあくまでも番組の軸がブレないためのひとつの指標にすぎず、絶対に達成しなければいけないものではなく、むしろその過程(道中)で起きる面白い出来事なりハプニングなりを起こせればそれでいいという考えが底にあるからだ。
あと、単純に休みたいというのもあるだろう。まだ2日目とはいえ、不眠不休で道内の移動を繰り返し、体力も限界にきていた。ここでひとつ休憩をはさんで、そのあとはなるべく無理のない移動をすればいい。大泉さんも車に乗り込む前にそう言っている。


しかし、ミスターはそれに反対する。


企画者であるミスターは、藤やん同様、北海道212市町村すべてをまわることが不可能だということは分かっていた(と思う)。しかしミスターは企画の目的が「努力」ものである場合、たとえ不可能であろうが、なにがなんでも目的達成をしようとする誠実な姿勢を視聴者に見せることを重視する(ヨーロッパ21ヶ国制覇の旅でもそうだった)つまりこのまま休憩はせずに移動を続ける意志を示した。
今でこそアフリカの旅ではカメレオンを愛でるだけのご隠居になってしまったミスターだが、この頃のミスターはやる気に満ち溢れていた。自分がこの番組を引っ張っていくという気概に溢れていたのだ。212すべてまわると言っておいて、4つか5つで終わっては格好がつかない。なら限界まで頑張ろうじゃないか。これがミスターの考え方だったのではないだろうか。



藤やんとミスターの力関係はよくわからないが、このとき、ミスターの意向が採用されたのだろう。
こうしてミスターの過酷な合宿計画がはじまる。


運転は大泉さんからミスターにかわり、四人は豊頃町を目指す。休憩すると言っていたのに、大泉さんと藤やんは寝ずにカメラを回している。ミスターが回そうと言ったのか、四人が起きていなければいけない状況だから回しているのかはわからない。
車中では大泉さんがこんな無茶な企画を考えたのと休ませてくれないミスターに対する不満をそれとなくほのめかすトークで笑いを誘う。それに藤やんも同調する。ミスターは彼らの態度にすこし不機嫌になり、察したふたりは場を和ませようとなんとか苦心する。
午前9時、美瑛で朝食。広大な畑のそばでコンビニのカレーを食べながらした大泉さんのモノマネも空回り。もうみんな限界なのだ。
四人は移動をつづけ、新得町新得そばを食べるが、そこにミスターの姿はない。ミスターは疲れて寝ているというシーンが挟まる。

そして問題のシーン、ミスターが「おはようございます」と挨拶してからしゃべりだし、「それでは、おやすみなさい!」と言うところまで、このときの大泉さんの表情に注目してほしい。
このときの大泉さんの顔は、怒っているのを我慢している人がする表情なのだ。怒っているのを隠すために無理に明るく振る舞おうとしている表情、そうは見えないだろうか?

では大泉さんは何に怒っているのか?

それはもちろん、このまま移動をつづけると主張したミスター本人がひとりだけ寝ていることに対してだろう。ミスターの「おはようございます」に藤やんは「みんな起きてるよ」と愚痴っぽくこぼしたとおり、大泉さんはひとりだけ寝ているミスターにかすかな憤りを感じていたのではないだろうか。

そのあともミスターは眠り、ふたりから「いちばんやられてるじゃん」と責められてすこし弱気になったところで、豊頃町にようやく到着する。ここで第3夜が終わる。


第4夜、午後1時15分、豊頃町に到着したどうでしょう班は、ほとんどヤケクソと言ってもいいテンションでカントリーサインを引く。
次に引いたのは鹿部町。今度は豊頃町に向かったときよりもさらに長い道のりになる。だれもが言葉を失うなか、ミスターは言う。

「よし!行こう!」

次のシーンは鹿部町へどう向かうかの算段をしているところからはじまる。
つまりまだミスターは諦めていないのだ。このまま移動をつづけるとすれば、距離からして徹夜は免れないだろう。車中泊だとしても、体験したことがあるひとなら分かるだろうが、車中泊はほとんど寝た感じがせず、むしろ疲労感が増してものすごく辛いのだ。2日連続でほとんど満足に眠れない地獄が待っているというのに、ミスターはなおも移動をつづけようとする。

そして、あの有名なシーンに突入する。

四人は高速で白老を抜けて登別にさしかかったところでカメラを回す。
ミスターはたぶんまた寝ていたのだろう、かすかに鼻声で、発言も弱気だ。しかし、まだ続行する意志を見せる。

そんなミスターに、大泉さんは不満を爆発させる。212ぜんぶまわるなんて無理なんだからやめましょうよということをそれとなく匂わせる発言をおもしろおかしくまくしたてる。それでもミスターは食い下がろうとするけれど、大泉さんの勢いに呑まれてしまう。
このときの車内の空気はかなり険悪だったのではないだろうか。「ギリギリですよ?」と言う大泉さんの表情が本気なのだ。本気で苛ついている表情なのだ。ミスターの顔も強張っている。

そして、トンネルに入ると、大泉さんと藤やんのふたりは笑い出す。しきりに「行くんだよね?ね?」と藤やんに確認する大泉さん。「行くんだから、行くんだから」と言いながら笑うふたり。
「行こう、行こう、行きましょう!行きましょう!ささあ、行きましょう行きましょう!」
そう言いながら大泉さんは、登別インターチェンジへとハンドルを切る。本来ならばそのまま高速にのっていなければいけないのに。
鹿部はこっちだ!鹿部へ行くよ!待っててくださーい!鹿部町のみなさーん!」と大きな声をあげながら向かったのは、登別温泉。見方によってはかなり緊張感のあるシーンだ。
次にどうでしょう班が温泉に浸かる場面が流れ、そしてそのままホテルに一泊。
翌朝、「ホテルに行こうって言ったのはミスターだからね」という補足がはいり、あらためて旅がはじまるわけだが、あのときの空気感からして、ミスターはそんなことは言ってないだろう。ふたりがミスターには黙って登別に行くことを決めたのは明らかだ。厳密には藤やんが決めたのだろう。ミスターが寝ている隙に大泉さんにトルネルを抜けると登別インターチェンジがあるからそこを降りて登別温泉に行こうと指示したはずだ。

この、ミスターが寝ている隙に行き先を変更するやり方は今後のシリーズを通して何度か実行されている。
ヨーロッパの旅でもそうだし、アメリカ横断でもある。しかしそれらとこのカントリーサインの旅の違いは、前者はふたりの交わす密談を視聴者に示し、あとになってミスターに怒られるという一連の流れが確立されているのに対して、後者は密談が省かれてさも四人ともが登別温泉に行くことを知っているかのように編集されている。


ここまで書いて、最初に僕が提起した「本当に「やらせ」はなかったのか」という問いに立ち戻ってみると、これはやらせと呼ぶにはちょっと違和感がある。やらせというよりは、内輪のいざこざをどうにかして笑いに変えた結果であって、やはりこれはやらせではないし、もしかしたらDVDの副音声でこのことが語られているかもしれないから、新たな仮説ですらないかもしれない。
ただ、どうでしょう班が視聴者にすべてを包み隠さず見せているということに対しては少なからずの異議を唱えられたのではないだろうか。
水曜どうでしょうはテレビ番組という「作品」なのだから、そこにある程度の作為があるのは当たり前なのだ。

それにしても、僕がこうして書いてきたものはあくまでもゴシップ的な文章に過ぎず、自らがあらかじめ想定した結論へ悪い意味でうまく着地できなかったし、なによりもどうでしょうの良さをまったく書けなかったのは、自分の力不足でしかないのですごく悔しい。
次回はもっとちゃんと水曜どうでしょうの良さを伝えられるように頑張ろう。


では、また