いつかの私というフィクション

あまりに個人的すぎて、下痢のような文章を垂れ流します。

紫陽花の葉にカタツムリはいない

 

 

 

気づけばもう6月。暖かさが暑さに変わり、言うほどにはそんなに降らない梅雨が始まろうとしている。梅雨は別に好きじゃないし、嫌いでもない。紫陽花は少し好きだ。点描画っぽくて、雨の季節に咲くのに陽の光が似合うところがいい。

 

 

 

 

自分の部屋の網戸が破けている。しばらく誰も使っていなかったからずいぶんと放ったらかしにされていた。長い年月を経た網戸の網はプラスチックの柔軟性を失っていて軽く触っただけで薄いせんべいみたいにバリボリと砕け落ちてしまう。

危険だ。暑くなって虫が多くなるこの季節、網戸に穴が開いているということはすなわち死を意味する。蚊はもちろん、いったいどんな奴が侵入してくるかわからない。ハエ、ムカデ、ゴキブリ、そしてよくわかんないけど足がいっぱいあるヤツetc……とりあえず虫除けベイプは設置してある。これでひとまずは安心だ。

「いや、そういうことじゃなくて網戸を交換しろよ」と思ったそこのあなた、正論だ。正論すぎてぐうの音もでない。「冷房でもいいんじゃない?」と思った優しい君、確かにそうだけど僕は冷房よりも自然の風のほうが好きなのだ。カーテンを膨らませては揺らす、ちょっと生温いけど汗をかいた肌には涼しく感じるあの夏の風が。さらに言えば、夜、昼間の蒸し暑さをかすかに引きずった空気のなかを散歩するのが好きだ。それは都会でも田舎でも変わらない。

 

 

 

 

 

 

 4月から2ヶ月が経った。

自分にとって4月になにか節目となるような出来事があったわけではないけれど、3月から働き始めた会社へ向かう通勤途中の景色が4月から一変したのをよく覚えている。

 それまで春休みだった学生の姿を大勢見るようになった。大人に先導されて横断歩道を渡る小学生の行列や、下り坂をブレーキなしでかっ飛ばしていくボウズの中学生、朝からイチャイチャしながら登校している高校生のカップルなど、朝の歩道は学生であふれていた。

 

 

4月のはじめ、彼らは俯きながら歩いていた。サイズの合っていないブカブカの制服に身を包んで、真っ白な運動靴の履き心地が心許ないのか、覚えたての通学路を一歩ずつ目で確認しながら辿っていく。ひとりが顔を上げずに隣を歩く同級生に話しかける。「部活何にするか決めた?」「陸上部にするかもしれない」「◯◯、バスケ部じゃなかったっけ?」「そのつもりだったけど、部活紹介のときカッコよかったから」

たぶんこんな会話をしているであろう彼らの顔は曇っている。僕らが忘れた、あるいは通り過ぎた悩みや不安を抱えて、同じような境遇にいる者がすぐ近くにいることにも気がつかず、自分の真っ白な運動靴と舗道のかすれた白線が時折重なるのだけをただ見つめている。この悩みや不安が永遠に続くものだと、こんな気持ちは誰にも理解されないんだという顔をして。そんな彼らは、ある意味では正しいし、ある意味では間違っているのだと、大人になったあなたならきっとそう思うだろう。

 

 

 6月。彼らはもう足元を見つめていなかった。真っ白だった運動靴はすこし茶色がかっている。隣にいる友達とふざけあい、小突きあって、大きな口を開けて笑っていた。

そんな姿を僕は車の窓が見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし死ぬ前に、もう1回だけあの頃に戻れるとしたらどうする?やっぱり戻る?」

「俺はいやだなあ」

「え?なんで?」

「死ねなくなるもん」