日々なんとなく
台風一過の朝、出勤していつものように会社の階段をのぼっていたら唐突に秋の匂いがして、なにかほかの感情が生まれるよりもまずいきなりすぎて面食らった。
そのときは9月に入って間もなかった。
例年どおりならまだ残暑が厳しい時期で、カレンダーの絵や季節限定の新商品のパッケージやファッション誌の表紙を飾るモデルの服装はすでに秋の装いではあるけれど、それはあくまでも先取りという形で世に出回っているわけで、本当ならまだ秋なんて気配すら感じないほど遠い存在のはずだった。
秋がはじまったばかりのときの匂いは、これといった明確なものがあるわけではない。それはたとえば花の香りだったり、前を歩く人の香水だったり、焼きたてのパンの匂いだったりする。少し冷たい風に混じる匂いと空気の境目がくっきりと分かれているような錯覚を秋のはじまりは感じさせる。爽やかさとは違う、湿気のなくなった乾いた空気のなかで日常の匂いが鮮明な輪郭を持つとき、季節が夏から秋へと移りつつあることを僕は意識する。
どうでもいい話がしたい。ここじゃないどこかの話とか。愚痴でもなく、自慢でもなく、噂話でもない。過去として記憶に残るわけでもなく、未来に明るい光が射すわけでもない、どうでもいい話。宇宙のはじまりとか、死んだらどうなるだとか。昨日も明日も忘れて、ただ喋る、頷く、笑う。どうでもいい話。
「ねえ、運命って信じる?」
「それ、前にも誰かに聞かれた」
「誰に?」
「さあ、誰だったっけ」