ハッピーじゃないエンドでも面白い映画みたいな人生を

あまりに個人的すぎて、下痢のような文章を垂れ流します。

カロを目指して(掌編)

ここでは雲が地面に浮いている。標高2,000mにたどり着いたとき、ひたすら茶色い斜面を登ることだけを考え、歩いていた僕らは自然と足を止めた。積層雲だ。アキラは寝ぼけながら僕らの足元から空のずっと向こうまで広がっている雲を力なく指さしてむにゃむにゃそう言った。たぶんそう言った。気圧の変化で耳鳴りがして音がくぐもって聞こえる。意識してゆっくり唾を飲み込むと、耳の穴が広がったような感じがした。「ただの水蒸気のかたまりなのに」サトシはぼんやりと呟いた。そのあとに続く言葉をサトシは言おうとしなかった。アキラは首をだらんと垂らしてまた寝始めた。雲はすきとおった風をのみこみながら、龍の背びれみたいにゆっくりと厳かにうごめている。しばらくして僕らはまた歩きだした。山道のそばでまっさらな陽射しにさらされ、まぶしく光る小さな黄色い花が咲いていた。登ってきた道にも同じ花が咲いていただろうかと思ったけれど、どうしても思い出せなかった。この道を通ることはもうないのに。僕は急に損をした気分になった。

サトシが車がほしいと言いだしたので、僕らは山に登ることになった。僕らの地元ではわりと有名だけど、電車で1時間ほどで着く無人駅のそばに轟山という高い山がある。その山頂付近には車が放置されていて、なかには鍵がさしたままのものもあるらしい。友達の友達が轟山に登って車を取ってきたと、サトシは言った。どうやってあの山を車で降りてきたんだ?救助隊を呼んで、ヘリで車ごと運んでもらったんだと。サトシはなんだか遠い目をしていた。ねえ、悔しくない?そんな馬鹿な真似をしたやつが俺たちじゃないって。

もうすぐ山頂に着きそうなのに、アキラはまだ寝ながら歩いている。グァーゴゴゴと、ときどきイビキが後ろから聞こえてくる。無理もない。数時間前まで、僕らは居酒屋で飲んでいたのだから。しかも、明日は仕事だ。明日は仕事というだけで、一歩踏みはずせば命の危険にだってなりかねない状況で寝てしまうのには充分な理由だろう。

車が山頂に放置されている。そんな噂を信じられるほど、僕らはもう子供ではない。けれど久しぶりに再会した友人の無茶な提案を笑って聞き流せるほど、僕らは大人ではなかった。それに少し酔ってもいた。いや、少しではなく、かなりかもしれない。

急いで家からかき集めた登山道具一式は、押入れにしまったときそのままの状態で見つかった。高校を卒業して以来手に取ると、いろんな記憶が蘇り懐かしく、どれも腐ったチーズみたいに臭かった。

山頂に着いたとき、サトシが短い奇声を上げ、足を止めた。サトシの背中越しからのぞいた先には、小学校のグラウンドくらいある土地に、きれいに整列した車が何十台と並んでいた。サトシはリュックを投げ捨て、走り出した。僕はアキラを起こそうと揺すってみたけれど、一瞬を目を見開いて「すごいな」とつぶやいて、また寝てしまった。車はどれも、見たことのないフォルムをしていた。タイヤが星型の車、透明で見えない車、水みたいに表面が波打っている車、犬の匂いのする車。宝石みたいに輝くボディをそっと撫で、なかをのぞいたサトシは「鍵がある」と言った。

「ほしいのか」見知らぬ声がして振り向くと、背の高い老人が眉間にシワを寄せて立っていた。

「お前ら、車ほしいのか」突然の闖入者に驚いて、サトシは小さく「はい」と答えて頷いた。すると老人は車の性能や使用方法を淡々と説明してくれた。説明はどれも車とは無関係に聞こえた。こいつは8時間以上日光にさらさないとダメだとか、こいつは緑色のセーターを着た女の子が好きだ、とか。唯一わかったのは、ある手順を踏むと空を飛べるということだった。実際に老人は実演してみせてくれた。

「ついてきな」

老人のあとについていくと、車の並ぶその奥に簡素な山小屋があり、そばには高山に似つかわしくない大木が聳え立っていた。大木には無数の靴が引っかかっていた。

「お前ら、車がほしけりゃ靴をここから投げてあの木にぶら下げてみな。成功したら好きな車を一台やる。失敗したら車はやらん。ただし成功しようが失敗しようが靴はここに置いていってもらう。ここまで来た道を裸足で下山するのがどういうことか、お前らが1番わかっていることだと思うがな」老人は表情を変えずに言った。

大木までは30メートルほど。投げて届かない距離ではない。僕は助走をつけて投げた。紐で結んだ靴はたがいにぶつかりあいながらゆっくり弧を描いて大木の枝にぶつかったーーが、バサバサと音を立てて滑っていき、靴は地面に落ちてしまった。次にサトシの投げた靴は大木を逸れて山の斜面へ姿を消してしまった。最後にアキラの靴をふたりで外し、サトシがもう一度投げたけれど、今度は木の手前であえなく落下してしまった。

「失敗だな」老人は言った。

山小屋へ向かう老人の後ろ姿を見送っていると、サトシがアキラを起こしてくれと、なぜか小声で耳打ちしてきた。アキラを連れてくると、サトシは表面が水のように波打つ車の前に立っていた。そして黙ってそおっと後部座席のドアを開けてアキラを乗せると、僕に助手席へ乗るよう促した。

僕らの様子を見た老人がこっちへ向かってきていた。考える暇もなく僕はサトシとほぼ同時に車へ乗り込んだ。サトシがエンジンをかけ、さっき老人が説明していた手順で車を空中へ浮かび上がらせた。老人はもうすぐそこまで来ていたけれど、僕らのほうが一歩早かった。車は勢いよく飛び出し、顔を真っ赤にして斧を振り上げている老人の姿はどんどん小さくなっていく。サトシが窓を開けると冷たい風が車内にどおっと入ってきた。車は雲海の上を時速120キロで走っていく。雲の地平線は地球の果てまで続いていそうだった。後部座席で横になっていたアキラが起き上がり、あくびをした。

「ここは天国か?」

僕とサトシは笑った。車は厚い雲を抜け、やがて僕らの住む町が見えてきた。

あれ以来、どうやっても空を飛べないんだよ。高いところじゃないとダメなのかもしれないけど、失敗したらヤバイだろ?東京に戻ったサトシは相変わらずあの車に乗っている。

あの車を目にするたび、かわいそうなことをしたと、僕は顔を真っ赤にして斧を振り上げていた老人のことを思い出す。

 

ペルディードの時間【小説】

家だと思ったら公園だった。

「ねえ、まだ着かないの?」

ずっといじっているスマホから顔を上げて、助手席に座る娘がトゲのある声で訊ねた。

彼は曖昧な笑顔でごまかして「たしかこのへんだったはず…」とひとりごとのようにつぶやいた。

せまいこの道を曲がった先には、公園ではなく友人の家があるはずだった。うちに来いよ。14年ぶりに電話で話した友人はそう言った。俺の家わかるだろ?昔と変わってないからさ、暇なら来いよ。そうだ、おまえのこどもも今年で17だろ?俺の娘とよく遊んでたよな。どうせなら家族みんな連れてこいよ。晩飯はうちで出前とかとって豪華にやってやるから。

オレンジがかった西陽が照らすなかを、彼と娘の乗る白い車は、自転車が数台とまっているだけの誰もいない公園の前を通過し、次第にスピードをあげていった。二車線の広い道にでると、両側には民家やコンビニが点在するだけで、あとは赤土の畑とビニールハウスが交互に並んでいた。

「ここ、さっきも通った」と娘がそっけなく言った。

「そうか?」

「この景色、さっきも見た」

「このへんは同じような景色しかないから、勘違いじゃないか?」娘の言うとおりだったが、道に迷っていることを悟られたくない彼はなんとかごまかそうとした。

「同じ道だよ。わたし、記憶力いいから」娘はまっすぐ前を見つめながら言った。

西陽のまぶしさに目を細めながら、彼は流れていく景色を眺めた。彼は昔、この道を何度も通っていたし、この町のこともよく知っているつもりだった。ところがいざ十数年ぶりに来てみると、あるべきものがなかったり、ないはずのものがあったりと、そういう光景に出くわすたびに、最初に抱いていたこの町への懐かしさや親しみがどんどん薄れていくのを感じた。

「エリはもう覚えてないだろうなあ」彼はまたスマホをいじっている娘に話しかけた。

「今から行く家に、エリと同い年の女の子がいるんだけど、昔エリが3歳のときによく一緒に遊んでた子なんだよ。ふたりでいつもボールの取り合いっこしてたよなあ。人形とかじゃなくて、このくらいの」と、彼は左手の親指と人差し指の先をくっつけて円をつくった。「小さな、なかにスパンコールみたいなのが入ってて、弾ませたりするとなかでキラキラ光って揺れるのがふたりとも気に入ったんだろうな。ふたりとも自分のだって譲らなくて。あるときエリがそのボールを口のなかにいれちゃってさ。それを見たお母さんがすごい剣幕で『だしなさい!』って怒ったら、びっくりしたのかまんまるな目をして…」

「覚えてるよ。のみこんじゃったんでしょ」娘はスマホを見ながら言った。「そのあと、わたしが大泣きして、大人が4人がかりでわたしからボールを吐き出させたことも、マイちゃんがそのボールをわたしにくれたことも」と、娘はおもむろに窓の外に目を向けた。「お母さんが帰りの車のなかで、驚かせちゃってごめんね。エリはのみこむつもりなんてなかったのにね。でも、もうあんなことしないでねって謝ってくれたことも、あの日のことはけっこう覚えてる。でも、お父さんのことはあんまり記憶にないんだよね」彼は娘のほうをちらっと目をやったが、窓に反射するぼんやりしとした顔しか見えなかった。

「たぶんお父さんは、今のお父さんのイメージが強いから。更新されていくからなんだろうね。今もずっと一緒にいるからお父さんとの過去はどんどん過去になっていくけど、ほかの人たちは更新されていかないから、ずっと昔に過ごしたときの記憶を今もちゃんと思い出せるんだろうね」と、娘は彼をじっと睨んだ。「ていうか、そろそろお腹すいたんだけど」

「もうそろそろだから」

「カーナビ使えばいいじゃん」

「住所知らないんだよ」

「サイテー」

日はもうだいぶ傾き、遠い山並みの輪郭を赤くなぞりながらその背後へ沈もうとしていた。夜を匂わす東の空に向かって、カラスがゆっくりと飛んでいくなか、地上では外灯やヘッドライトの明かりが目立ちはじめていた。彼は見慣れた道へ差しかかり、徐行しながらハンドルを右にきった。そうだ。こっちへ曲がってあの建物の角を左に曲がってまたすぐに右折すれば、目の前がアイツの家だ。彼は記憶と今の景色を重ねあわせながら道を進んでいった。車は住宅街のせまい道に入り、赤いレンガ造りの家の前で左折し、またすぐに右折すると、路肩へ寄った車はゆっくりとまった。

彼の思っていたところには家はなく、あるのは公園だった。

「ごめん。お父さん迷ったみたいだ。絶対ここだと思ったんだけど、とりあえずおじさんに電話してみるよ」

「ううん。ここだよ」娘は公園を見ていた。

「え?」

「さっき思い出した。マイちゃんの家、たしかにここにあった」彼のほうを向いた娘の顔は、夜の闇に溶け込んでいくように青白くなり、唇はすこし震えていた。「ねえ、お父さん、わたしたちこれからどこに行こうとしてるの?」

彼は娘を抱き寄せて、友人に電話をかけた。呼び出し音が鳴りひびくなか、娘の手にある小さなボールが、窓から射しこむ外灯の明かりでキラキラと光っていた。

 

 

 

 

 

 

 

アンナの結婚生活

 

 

 

 

9月になった。日中は相変わらず暑いけど、日が沈みはじめると重くよどんでいる湿気もなくなって、さらりとした静かな風が吹いている。夜の闇のなかにゆっくり染み込んでいくような、音もなく草の葉を揺らす風。

 

 

彼女が妻になって4カ月が経った。ふたりで生活していくなかでトルストイの小説を思い出す。

 

 

彼も独身だったころには、よく他人の結婚生活をながめながら、そのくだらない心配やら、いさかいやら、嫉妬やらを見ると、内心そっとさげすみの笑いを浮かべ、自分の未来の結婚生活には、そうしたことはいっさいありえないばかりか、その外面的な形式までが、あらゆる点において、他人の生活とはまったく違っていなければならないと確信していた。ところが、いざとなると、その期待に反して、彼と妻との生活は特別な形式をとらなかったばかりか、かえって以前あれほど軽蔑していた、取るに足らない、くだらないことで成り立ってしまったのである。

 

アンナ・カレーニナ

 

 

 

 

 

トルストイの小説に出てくる登場人物たちはみんな「普通」だ。社会規範にある程度溶け込めてはいるけど心や思想の一部分が相容れず、それが彼や彼女を悩ませ、ときに苦しめている。同じ時代に書いていていたドフトエフスキーの登場人物たちはぶっとびすぎて傍目で見ている分には興味深いけどお近づきにはなりたくない。ドストエフスキーはあまり読んだことないのでわからないけど、トルストイは感情や思考の持つ流動的なダイナミックさを明快で整然とした文体で捉えているところが好きだ。

 

 

 

 

「友達の奥さんが出てったんだよ」

と、美容師のお兄さんが僕の髪を切りながら言った。聞けば、お兄さんの友達は家がホテルのように清潔で綺麗じゃないと気が済まないらしく、会社から帰ってくると散らかった部屋を掃除をするのが日課だったのが、日を追うごとにその量が増えていくのがある時不満になって奥さんと喧嘩をし、「だったら私がいないほうが綺麗になるんじゃない?」と置き手紙を残して実家へ帰っていったという。

「4ヶ月の赤ちゃんがいるんだからしょうがないじゃんねえ」と、奥さんとも仲のいいお兄さんは奥さんを擁護した。「そうですよねえ」と僕も名前も顔も知らない奥さんに同情した。

このお兄さんは僕と同じ中学の出身で、しかも僕らが高校のころよく行っていたカラオケ店でアルバイトをしていた人で、それだけで勝手な親近感を僕は抱き、それ以来お兄さんを指名して髪を切ってもらっている。カラオケ店はもうだいぶ前に潰れてしまった。

「自分で綺麗にするのはいいと思うけど、片付けを毎回不満そうにやってたらしくて、それもダメだよねえ」

お兄さんは櫛で揃えた髪をつまんで毛先をハサミでシャキシャキ切っていく。

 

 

 

 

幸福な家庭はすべて似通ったものであり、不幸な家庭はどこもその不幸のおもむきが異なっているものである。

 

 

アンナ・カレーニナ

 

 

 

 

アンナ・カレーニナの有名な冒頭であるこの文章は17回書き直されたらしいけど、この数は少ないほうなんじゃないかと僕は思う。

この書き方ではまるで結婚における幸福は1つしかないように思われて、あらゆる分野で多様性を認めようとする現代に生きる僕らからしたら、多少の反発を感じないわけではない。(一方で画一化を図ろうとする人たちもいるわけだけども)不幸の数だけ幸福の形があってもいいんじゃないか。そもそも幸福とはなんだろう?結婚における幸福とは?

新婚生活は人並みに順調な僕にとって、これから先、結婚生活が不幸になる要素はあるんだろうかと、すこし不安に思うときがないわけではない。

 

 

 

2月くらいの日記

 

 

暖かくなってきた。1月に味わった一日中肌を刺すような寒さも緩んで、朝と夜以外はほのぼのした陽気になってきた。

小春日和という言葉が好きだ。『春』という文字が入っているのに冬の季語なのがいいし、小春日和から連想される、暖かい光が溢れるなかで風のない日の雲のようにゆっくりと時間が流れている雰囲気がいい。

 

 

姉が妊娠した。

つわりがかなりひどい体質で、慢性的に吐き気がして食欲がなく、無理して食べてもすぐに吐いてしまうらしく、毎日点滴を打っていても状態はよくならないので1週間ほど入院した。もうすぐ4歳になる姪がまだお腹にいたときよりひどいと母は心配している。

姉がそんな状態なので、毎週末になると姪が家にやって来る。主に父と母が姪の面倒を見るけれど、ふたりが疲れているときは僕がその役をやったりしている、といいたいところだけど、僕は気が向いたら遊んであげる程度ですぐに疲れてしまい、あとはほとんど彼女がトイレに連れていったり、一緒に塗り絵をしたりと面倒をみてくれている。彼女には頭があがらない。自分にはもったいないくらいいい彼女だ。しっかりしなければと、彼女の姿を見ていると思う。

そもそも姉は子供をまた産む気はなかった。理由は知らないけど、今の状態を見ればなんとなくわかる。

産む気になったのは、父方の祖母の20周忌へ行ったときだと、姉は言っていた。

 

 

高速で3時間ほどかけて父の地元へ行った。昔は一度下道を通らなければいけなくてもっとかかったと母は言っていた。姉は小さい頃、友達に8時間かかると言ったらしいけど、そんなに長くはなかったと両親は笑っていた。子どもの時間は大人よりゆっくりと進む。することのない車内ではなおさらだ。姪も小さい頃の姉と同じように感じているのかと、ふと思った。高速を下りてそのままお寺へ向かった。姪を見るなり「姉にそっくりだねえ!」と叔父と叔母は驚いていた。「姉が小さくなって戻ってきみたい」叔母は目を見開いて姪を眺めていた。「お前もはやく結婚しなきゃな」と叔父は僕に親戚のおじさんそのままのことを言った。

葬儀が終わると次は墓地へ向かった。墓に水をかけるとき姉は隣の墓にかけてしまい、あわてて祖父母の眠るほうのお墓に水をかけた。きっとふたりは笑っているだろうと想像すると、僕はおかしく思い、そのあとすこし悲しくなった。

叔父の家へ行き、仏壇に線香をあげた。母や姉がリビングへ戻るなか、父だけが少しの間、遺影をじっと眺めていた。後ろ姿の父がどんな顔をしていたのか僕にはわからない。なんとなく見ないほうがいい、声をかけないほうがいいと、黙って父の背中を見ていた。

ピザやお寿司を食べながらみんなで雑談をした。話を聞きながら食べたピザやお寿司はどれも美味しくて、チェーン店でも地方によって味が違うのかと思うくらいだった。父と叔父はお互いを馬鹿にしあいながらも楽しそうに笑っていた。叔父の家を出るときに運転を父から僕には交代した。

旅館に着くと、早速温泉に入った。僕以外誰もいなかったのでゆっくり浸かれた。ロビーで彼女と電話をしたあと部屋に戻るといつのまにか寝ていた。起きるとすでに食事の準備ができていて、寝ぼけながら口に入れた牛肉のあまりの美味さに眠気が吹っ飛んだ。

夜は早めに就寝して、朝早く出発した。

長島スパーランドへ行き、僕はアウトレットへ、他のみんなはアンパンマンミュージアムへ向かった。

前日の父の運転があまりにも怖かったので、その日の運転は僕の役目だった。姪が乗っているというだけでハンドルを持つ手に力が入った。

無事に帰路につき、コタツに入りながらアンパンマンミュージアムで撮った写真を見せてもらうと、父がすごい変な顔で写っていて、それだけで30分くらいは笑っていた。父曰くそれは作り笑顔をしたらしい表情は、どう見てもすごく酸っぱい梅干しを食べている顔にしか見えなかった。「それ、新しい家に持ってけば?魔除けになるんじゃない?」僕がそう言うと姉はまた笑い転げていた。姪はコタツの周りをぐるぐる走り回っていた。

 

 

「なんであのときあんたたちを誘ったのか、今思うと不思議なのよねえ」

姉の妊娠がわかったとき、母がそう言った。

「いつもはお父さんとふたりで行ってたし、今回もそのつもりだったんだけど、いざ行くってなったとき、なんでかあんたたちも誘おうかなって思ったんだよねえ。お父さんも反対しなかったし。相談したらたぶん、別に俺たちだけでいいじゃねえか、って言われると思ったのに」

もうすぐ姉夫婦の家が完成する。そうしたらもう姪は家に来たがらなくなるかもねえ。とそれから母は心配そうに言った。

 

 

 

 

日常のなかの非日常

 

 

 

降るのか降らないのかはっきりしない雨の日が続いて、呼応するように自身の生活もメリハリのないものになっている。

 

 

 

10月。台風が直撃した。

伊勢湾台風並みの強さだったらしい。深夜に暴風域に入ると家が停電した。朝になって雨戸を開けると穏やかな光が目に飛び込んできた。カーテンが勢いよくばさりと揺れた。風はまだ強かった。

信号はすべてついていなかった。道が交差する場所ではみんな様子を窺いながらある程度の秩序を保って進んでいた。途中、大通りの道の真ん中で誰かが手を振っていた。徐行しながら目をやると、誰かが倒れていた。僕からはすこしハゲかかっている白髪頭しか見えなかった。全身の力が抜けていて、ぴくりともしない。数人の男女が取り囲んでいた。ただ立ち尽くしている者もいれば、倒れている人をのそぎこんだり、立ち話している者もいた。

会社へはいつもより早く着いた。シャッターがボロ雑巾みたいに道路に転がっていた。上司ひとりしか来ていなかった。それから何人か出勤してきて、とりあえず被害の確認と修復をすることになった。会社のある地区も電気は復旧しておらず、結局10時で退社した。

 

 

 

11月。転勤が決まった。

そのことを友人に話すと「使えないから?」と血も涙もないことを平然と言われ、「んなわけあるか!」と大声で否定したものの、自分が役に立っているのか本当のところはわからない。与えられた最低限の業務はきっちりこなしていているけれど、じゃあ自分がいなくなったら困るかと問われたら、そんなことはないと断言できる。

転勤の理由はこれまでの事業が終わり、新規の仕事もないから消去法で他の工場へ移ることになった。

また一からやり直しだ。これまでと全く違う労働環境で何も知らない仕事をすることになる。転勤先のことであまりいい噂は聞かない。あくまでも噂だから信用できるかどうかは別として、だったら転職してしまおうかとも思う。新しい仕事、労働環境になるなら、ここに留まろうが辞めて他に移ろうが大した差はない。むしろ今よりいい条件の会社へ移ったほうが、気持ちも新たに頑張れる気がする。

 

 

思えば、ひとつの場所にずっと留まっていた経験がない。友人たちのように同じ会社に十何年も勤めたこともないし、自立を認められた年齢になってからは、つい最近(といっても2年前)までは地元を離れて暮らしていた。ここに戻ってきたのだって、また違う場所で暮らすための係留地点としか思っていないところがある。

これまでずっと、どこかひとつの場所に留まることができる人たちに憧れていた。愚痴や不満をいくら並べたてようが、結局はおなじ場所に居続ける。世間一般ではそれを普通にできる人たちがいるけれど、実はかなり難しくてすごいことなんだと、誰も言わないし気がついていない。良い悪いの話ではなく、とにかくそれはすごいことなのだと、同じ場所に留まることができない僕は知っている。

 

 

 

 

 

「自分の奥さんが浮気してるの知ったら、すぐには言わない。知らないフリして遠回しに責めてく。精神的に追いつめていく」

「やり方が女じゃん」

 

 

夜風にまじる記憶

 

 

 

 

年を取れば日々の変化に鈍感になると思っていた。

 

若い頃、といっても現代の寿命から考えれば若い年代に属するけれど、「まだ若いから」という理由で失敗や挫折が許されなくなった年齢になった今、若かったころの自分が「年を重ねていくたび、いつかこういう風にものごとを捉えていくのかもしれない」と漠然と想像していたようには、少なくとも今の自分はそう感じていたり考えたりはしていない。

 

 

最近のこと。会社から家へ帰る途中、車の窓を開けて運転しているときだった。速度を上げていけばいくほど吹きこむ夜風が熱のこもった車内を爽やかな空気に変えていた。残業で遅くなったせいか道は空いていて信号にもそれほど引っかからなかった。HHDには新しい音楽をしばらく入れておらず、数年前によく聴いていたアルバムをかけていた。

肌を撫でる夜風にまじった新緑の匂いを嗅いで音楽に耳を傾けていると、なんだか急に切なくなった。なんで切なくなったのか意味が分からず、理由を自分自身のなかに探してみてもこれといった明確なものは見つからなかった。

行き場のない切なさだけが肥大して、家に着いてからも突然湧きでた感情を持て余していた。

 

悲しみのはしっこはいつも   忘れられてほっとかれる

いつのまにか何事も  なかったような空気だ

夜明けのホラーが好きさ  救われたような気がして

その後みる夢がどんな  ひどいものだったとしても

 

The Birthday 「ROKA」

 

 

たぶん、これはなんとなくでしかないけれど、切なさの根幹にある記憶を僕は忘れてしまっているのではないだろうか。それを身体だけが皮膚感覚でおぼえていて、頭ではわかっていなくても身体がその記憶を呼び覚まし、思い出していたのかもしれない。それか、これまで生きてきた時間のなかで蓄積された感情なり思考の総体が、季節の変化をきっかけとして形を成さないまま蘇ってきたのかもしれない。

どちらにしろ、過去が苔のように身体に定着し、日々の悲しみや喜びが記憶から忘れ去られるには、長い時間が必要なのは確かだ。

 

 

ある年齢を境に、雨や台風が近づいてくると頭が痛くなるようになったし、寒さや暑さにも体調が大きく左右されるようになった。身体が劣化すると周りの変化に敏感になるというある種の矛盾を抱えたまま、僕の身体はもう、過去を頼りにして生きようとしているような感じがする。過去を拠りどころにして、今日を生きる。それはただの勘違いなのかもしれない。けれど、未来への希望だけを胸に抱えて生きていたあのころとは、どこか違う。

 

 

 

彼女と海へ行った。

本当はハンバーガーを食べに行ったのだけれど、店はもう閉まっていた。それが分かったのは駐車料金を払った後だったので、どうせならとそばにある海にすこしだけ立ち寄った。

波打ち際に近づいてみると、堤防に当たる波が「ぷかぷか」という音を立てて弾んでいた。

それまで「ぷかぷか」という単語は小説のなかでしか目にしたことがなかった。たとえば、『船がぷかぷか浮いている。』という文章を読んだときイメージするのは、船が水面で揺れながら浮いている様子だけで、そこに音が付随することはなかった。「ぷかぷか」は擬態語だと思っていた。それが実は擬音語だったことを知り、僕は興奮して、

「波がぷかぷかいってるんだけど!」

と叫ぶと、彼女は笑って

「今さら知ったの?」と、からかうように言った。

約2年間、海に囲まれた環境で暮らしていたのに、「ぷかぷか」なんて音は耳にしなかった。あそこの波はいつでも強かったし、夜空一面に広がる星や海の向こう側で騒がしく明滅するネオンに気を取られていたせいかもしれない。

日が沈もうとしているなか、底の小石が見えるほど透き通ったさざ波のたてるぷかぷかを耳にしながら、初めてその音を体験し、実感した喜びと興奮にひとり昂ぶっていた。もちろんアインシュタインやキューリー夫人が成した大発見ほどではないにしても、個人的な常識を変える出来事に出会えた素朴な幸福感で満たされていた。死ぬまでそういう体験ができそうな予感に打ち震えていた。

しばらく海を眺めてからご飯を食べに他の店へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「もし徴兵制がはじまったらどうする?」

「行くよ」

「自分の息子が行くってなったら?」

「行かせるよ」

「戦争に行くかもしれないんだよ?」

「まあ、しょうがないんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

月まで

 

 

 

 

今夜はどうしても眠れない。

月の光だけをたよりに歩く坂道。夜の木漏れ日。空気が淡い緑色になるのは、満月の夜だけ。波の音、対岸のネオンライト。探してるのは夢?それとも愛?君の未来は明るい?僕の表情は固い。退屈な日々は麻薬だ。無気力な目で彼らを見る。思考のパイプカット。お金だけで幸不幸が決定する人生に乾杯。唯物論。即物的。子どもの喚き声。

今夜はどうしても眠れない。

明日になればまたマトモになる。狂いきれない夜たちへ。

カーテンコールを待ち望んで。

 

今夜はどうしても眠れそうにない。